TOP > event > 大磯アートハウス
EVENT 2015.11.12

大磯アートハウス
10/31(土)〜11/22(日)
河野扶(たすく)展

「河野扶展」

めったに見ることができない、知る人ぞ知る本物の作品です。この機会にぜひご覧ください。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

小田原すどう美術館のコレクションより、河野扶先生の晩年の傑作をお借りし展示します。少し長くなりますが、河野先生の作品についての文章をアートハウス「わくわく通信11月号」から転載します。

河野先生の作品を初めて見たのは、すどう美術館館長のご自宅を訪問したときで、今から10年程まえのことです。第一印象を正直に言えば、「とても絵には思えない…」というものでした。それは何だか縁取りされた土の塊のようなもので、色合いは地味だしこれといって具体的なものの形が描かれているわけでもありません。ゴツゴツした立体感からくる重量感だけがかろうじて印象に残りましたが、取り立てて興味を惹かれることもなく、いつしか忘却の彼方になっていました。
その後、自分自身が抽象画を描くようになって、どのように制作を進めていけばいいのか思い悩んでいた頃、改めてすどう美術館で先生の作品を見る機会がありました。今度は初めの印象とは全く異なり、置かれている絵の具の一つ一つのタッチから先生の息遣いが感じ取れ、悩み、葛藤、決断などの痕跡も伝わってくるようで、まさに作品がうごめいて見えました。地味に思えた色調の奥からも様々な色彩があふれてきて、それは、まるで大きなエネルギーを放射する窓口のように見えました。
これは錯覚なのだろうか…。この不思議な体験にとても戸惑いましたが、落ち着いて考えてみると、これこそが本物の作品なのではないか、と思うようになりました。「とても絵には思えない…」という第一印象はあながち外れていたわけでなく、そこには絵柄という対象性を超えて生き方そのものが封じ込められていたのです。作品の表面だけを追っていた当時の自分には、あきらかに先生の作品に対峙するだけの力量が備わっていなかったのです。
すどう館長は、「君を是非とも河野先生に会わせたかった」といつもおっしゃって下さいますが、先生は素晴らしい文章も残されました。これらを読んで、いつも制作の励みにしています。

【偶感片々】
◆今日もまた不毛の一日が終わった。だが、軽々しく不毛と言っていいものか。その不毛の積み重ねが、いつか思いがけぬ収穫をもたらさぬとも限らない。
◆苦心が表に出た絵は上等とは言えない。苦心はさりげなく奥に仕舞いこんでおくもの。
◆ゆとりのない心は、怠け心と同じくらい絵を駄目にする。
◆良識、円満、中庸、円熟、洗練等々。これらの数々の美徳が時として絵をつまらなくする。絵とは誠にわりないもの。
◆ある日ある時の生き物の痕跡。私の作品がそういうものであれば、それで十分。
◆生み出そうとする心。見せようとする心。天と地ほどに違う二つの心。
◆頭で描く絵が多くなった。感心はするが感動はしない。
◆画家に不用のもの。「栄達」の二文字。不遇も時にはよい仕事の温床になる。といって求めて不遇になることもない。
◆良い作品は作意を越えたところに生まれると言った評論家がいる。この人唯ものでない。

 

DSC_0119

河野 扶(1913-2002)

●宮崎県に生まれる。朝鮮京城龍山中学入学(父親の転勤で朝鮮に)。卒業は宮崎県・高鍋中学校(1930年)。 ●洋画家有田四郎に師事、また川端画学校に学ぶ(1931-33) ●1935年京都の三高理科入学。(須田国太郎の指導をうける) ●1941年東京帝国大学理学部数学科卒業。三井生命入社。 ●1945年以降旧制専門学校、新制大学、小石川高校(定時制)の数学教師。 ●独立展に出品、会友となるが1965年これを辞して無所属となる。 ●1970年教職を辞して渡欧。なお、1969年から個展開催。 ●その間、浅川画廊浅川氏に見込まれ、浅川画廊が主体となって展覧会を行なっていく ●1996年以降亡くなるまですどう美術館にて数回の個展 ●2013年東御市梅野記念絵画館にて生誕100年の大回顧展が行われる

くわしくはホームページへ
http://shonanartbase.wix.com/shonan-art-base#!/cbli

開催日時:10月31日〜11月22日(土日のみ)13:00〜18:00